大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山家庭裁判所 昭和35年(家)555号 審判 1960年9月13日

〔解説〕親子関係の存否に関する戸籍の訂正は、身分上重大な影響を及ぼすものであるから、戸籍上訂正事項の明白でない限り、その親子関係存否の確認裁判を得て、戸籍法一一六条に則り戸籍を訂正すべきであるというのが従来からの先例の態度であつた。しかしこの原則を貫くと、戸籍上の父母(もしくは子)が死亡している場合には、右のような裁判を得る方法がなく、真実に反する戸籍の記載を訂正するに由ないことになる。そこで、実務上はこの救済方法として、

(一) まず、表見上の父母のみ死亡している場合には、子と実父母間の親子関係の存在を確認する裁判を、また、実父母も死亡しているときには、子と最も緊密な身分関係を有する者との間の身分関係の存否を確認する裁判を、それぞれ得た上、これを前提として、戸籍法一一三条により戸籍を訂正することを許すとの例外が認められた(注1)。

(二) そして、その後さらにこのような利害関係人がいないか、または子も死亡している場合には、戸籍面を是正するやむを得ない手段として、直接戸籍法一一三条による戸籍訂正ができるとする取扱いが認められるにいたつた(注2)。

(三) ところが、右(一)の裁判も、要するに戸籍法一一三条による許可審判の一資料となるに過ぎないから、許可審判の審理過程において真の親子関係の存在を認定すれば、直ちに戸籍法一一三条による戸籍訂正が許されるべきであるとの見解が唱えられ、最近次第にこの説に左たんするものが多くなりつつある(注3)。

(四) 本件審判は、戸籍上の父母および子が生存している場合に、右(三)の見解を踏襲した最初の判例として注目されるが、このような見解に対しては、大いに異論も存するところであろう(注4)。

(注1)昭和二五・九・二二  民事甲二六〇四号 民事局長回答

昭和二六・四・一三  家庭甲七一号 家庭局長回答

昭和二七・一〇・一八 民事甲四五六号 民事局長回答

昭和二八・七・七   民事甲一一四七号   〃

昭和三四・五・一二  最高裁三小判決 月報一一巻六号一一三頁

昭和三四・五・一三  東京地裁判決   〃 〃 七号五三頁

(注2)昭和三三・八・六   民事(二)発三六三号 民事局第二課長回答

昭和三四・三・七   民事甲四六三号 民事局長回答

(注3)昭和三一・二・二〇  東京家裁審判 月報八巻三号三六頁

昭和三四・四・一四  広島家福山支審判 月報一一巻七号六七頁

昭和三四・四・一五  新潟家裁審判 月報一一巻七号七一頁

昭和三五・六・一六  東京家裁審判 月報一二巻一一号一四三頁

(注4)昭和二六・一・三一  民事甲一〇九号 民事局長回答

昭和二八・七・七   民事甲一一四七号 民事局長回答

昭和二八・一二・一  民事甲二二六三号 民事局長回答

昭和三四・七・二三  民事甲一五八七号 民事局長回答

申立人 川本公子(仮名

主文

本籍愛媛県松山市大字道後○○○番地川本一雄の戸籍中長女公子の戸籍の記載を全部消除することを許可する

理由

申立人は主文同旨の審判を求め、その原因として申立人の母日下サヨ子はその夫日下啓一が昭和一七年一二月○日死亡した後は長女ハツ江をつれて実家に帰り衣料品の行商をしていたところ、同業者である丸橋重男と懇意になり、昭和一八年五月頃同人と同棲するに至つた。ところが同棲一か月位にして前記丸橋に妻子があることが判明したので、申立人の母は間もなく右丸橋と別れたが申立人の母はその時すでに丸橋の子を宿しており昭和一九年七月○○日申立人の母の実家である周桑郡吉岡村大字安用○○○番地の○で申立人を分娩した。申立人は実母サヨ子に育てられていたが、母サヨ子は二子を抱えては生活が苦しいため、当時吉岡村駐在巡査であつた川本一雄に相談したところ、同人の妻ハナ子が是非貰い受けて実子として育てたいと言うので、母サヨ子は申立人を川本夫婦の実子として育てて貰うことにした。それで川本一雄は申立人を同夫婦の長女、昭和二〇年七月○日生れとして同月一八日虚偽の嫡出子出生届をしたため、申立人は川本一雄、同ハナ子の長女として戸籍に記載された。申立人は同年一一月頃川本一雄が駐在巡査をやめ松山へ帰る際に川本夫婦に引渡され爾来ハナ子に養育されてきた。昭和二四年七月二六日川本一雄は申立人の養育を断念し、児童相談所に申立人を預けたが、同年八月一日同所より実母が引取りその後申立人は母サヨ子と共に生活し今日に及んだ。このように申立人は川本一雄夫婦の長女として仮装せられたにすぎず真実は日下サヨ子と丸橋重男との間に生れた子である。それでこの虚偽の出生届にもとづく誤れる戸籍の記載を消除し真実と合致する身分関係に戸籍の訂正をしたいのでこの申立に及んだ。というのである。

そこで審査するに記録添付の戸籍謄本並びに家庭裁判所調査官高宮稔の調査の結果を綜合すると、申立人主張の事実関係は真実と認めることができる。

さてこのような場合戸籍法第一一三条による戸籍訂正手続により戸籍の訂正ができるかどうかの問題について考察するに、このような場合は仮装された表見の父母および子が生存すれば親子関係不存在確認の判決又は審判により戸籍法第一一六条により戸籍の訂正手続ができるのであり、同法第一一三条による戸籍の訂正手続は許されないとする消極的見解がある。しかしながら本来戸籍の記載の根拠となつた出生届は事実の報告であり、その報告にもとづいて実父母の氏名とその続柄が戸籍に記載されるのである。出生によつて当然に生じた親子関係の実体に符合しない即ち虚偽の出生届がなされ、この届出にもとづいて戸籍の記載がなされても、この届出および戸籍の記載はあらたな親子関係を形成するものではなく、出生によつて生じた親子関係の実体はこれによつていささかも影響されることはない。戸籍は公文書としてその成立の真正であることは推定されても、そこに記載された子の実父母の氏名およびその続柄の記載が真実であることについて法律上の推定力があるわけではなく、ただ虚偽の出生届は通常なされることはないという経験的な事実にもとづく事実上の推定力があるにすぎない。したがつて出生届にもとづいて記載された実父母の氏名とその続柄の記載が出生によつて生じた真実の親子関係の実体に符合しない場合には戸籍の記載にかかわりなく反証をあげて真実の親子関係の実体を主張することができる。そしてこの主張はかならずしも人事訴訟によつてでなければできないものではなく、通常の訴訟においても先決問題としてもできるし、又戸籍訂正許可の審判手続においてもできるものといわなければならない。この点法律の規定による嫡出の推定、認知届、縁組届などにもとづく親子関係についての戸籍の記載とは根本的にことなつている。これらの場合には、法律の規定又は身分行為にもとづいて生じた親子関係の実体を人事訴訟によつて形成的に否定した上でなければ戸籍の訂正はすることができない。即ち戸籍法第一一六条の確定判決を必要とするのは、かかる場合だけであると解する。それで当裁判所は以上のような見解に従い本件の如く虚偽の出生届にもとづいて記載せられた真実の親子関係の実体と符合しない戸籍の記載の訂正は戸籍法第一一三条による訂正手続によつてなし得られるものと思料する。そこで本件申立を理由あるものと認め戸籍法第一一三条により主文のとおり審判する。

(家事審判官 矢野伊吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例